今日、行き付けの美容室で髪を切ってきた。散髪屋ではなく美容室。なんかちょい
と小洒落た感じがするだろう。それにしても、散髪というのは何でこんなにも眠たくなる
ものなのか。シャンプー。美容師のゴッドハンドが私の頭皮を優しく揉み解す。

泡の感触が気持ち良い。刺激を受けた頭皮は血行の流れを促進させる。その
作用で毛髪が突如ニョキニョキと生えてくる。こともあるかもしれない。そのせいか、
頭がポカポカしてくる。その母親の温もりにも勝るとは思えない暖かさは、私を
だんだん夢の世界へと誘うのだ。髪の毛の泡を丁度良い温度のシャワーが洗い落と
してくれる。少し熱いのがミソだ。痒いところまで手が届く美容師の魅惑の手つき。
違う違う。少し右。あー行きすぎた。ちょい下。あーそこそこ。あぁ…。
そのときの私はこの世の幸せを謳歌していた。最高の贅沢。最高の快楽。そして、
伸びきった髪の毛に鋏が入る頃には、すっかりトリップしていた。リアップではない。
私は、眼前に広がるお花畑で青い鶏を追いかけている。コケーコッコッコッコッと
喚きながら逃げる鶏。丸々と太っていて、串焼きにしたら美味そうだ。涎が垂れる。
ジュルリ。


 そういや昔、近所に安くて早いと評判の散髪屋があったのを思い出した。
子供料金とはいえ、700円という値段。10分で終わる散髪。近所の小学生は皆
そこに行った。確かに評判だった。1人やたらとヘタクソな奴がいるという評判が。
ヘタクソに当たれば、一貫の終わり。まさに運命のロシアンルーレット。
私の運命はそこで決まる。だが、ある日。私は運悪くそのヘタクソに髪を切られた。
髪の毛に鋏が引っ掛かるわ。剃刀が地肌に何度も接触するわ。痛いんだよッ。
ボケェッ。生傷が増える一方だった。そして翌日、微妙な坊ちゃん刈りのまま
泣く泣く小学校の卒業式に出席。もちろん笑われた。卒業写真にまで残って
しまった。もう一生の恥。テメェ。コノヤロウ。クチビルゲルゲの分際でッ。
それ以来、その散髪屋に行かなくなったのは言うまでもない。
今となってはもう昔の話だ。


 夢の世界のあまりの心地良さに、懐古趣味に浸る私。
嫌な事を思い出してしまったが。気が付くと、散髪は終わっていた。
鏡の中の自分の姿を見ると、何と驚くべきことに片方の眉がッ。
剃られていたなんてベタなオチは、幸いなかった。いやー快眠快眠。
1ヶ月に1度の自分へのご褒美と言うべきか。
生まれ変わった自分の姿に惚れ惚れする。なかなかイケているではないか。
そう。左耳が何故か無くなっている事を除けば。