2011年7月に、「キュレーション」について色々考えて書いてみたのだが、結論が出せずにずっとそのままになってしまった。
このまま寝かしておいても、答えが出そうにないので、取りあえず考えたところまでと中途半端だが、投稿してしまうことにする。


⚫ネット上に溢れる「キュレーション」って何?
「キュレーション」って言葉が未だに何なのかよく分かっていない。「NAVERまとめ」での極一部の専門家(原発や放射線など)のように、特定のテーマについて作成者の知見に基づきまとめる行為ならまだ分かるが、気になったニュースにコメント交えて投稿することが「キュレーション」とは全く思わない。

新しい言葉・概念として「キュレーション」を提唱するのなら、元の意味とは大幅に異なる「まとめ」や「リスト化」や「RT連投」といった行為はかなり違うのではないか。元の意味って、そんなにお手軽で知見無しでもいいレベルではないのではないか。

「専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う」を専門職だけではなく一般の人も含めるのなら、「キュレーション」って言葉・概念も意味があるのかもしれない。一般の人でも、一定の文脈の元に各人の専門分野と知見を生かして、示せることはある、といったような。

「キュレーション」という言葉・概念についてもにょもにょと考えてみると、ネット上にバズワードとして広まっているそのほとんどがただの「選別」でしかないことに気付かされる。ただの「選別」だから、選んだ以上の価値はなく、「文脈」という新たな価値はない。

ただの「選別」を「キュレーション」とか言い出すから、言葉を言い換えただけの言葉遊びになってしまう。「選別」は「選別」でいいじゃないか。どうしても横文字がいいなら、「セレクション」とかにすればいい。
新しい概念・価値・考え方がなければ、新しい言葉を使う意味がない


⚫そもそもの「キュレーション」とは何か
「キュレーター」は、Wikipediaによると、"施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す。(※curate―展覧会を組織すること)"。展覧会の企画者として、現代美術と社会の橋渡しをする重要な役割のことで、れっきとした「専門職」である。
なので、辞書的には「専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う」と認識している(合っているかどうかは分からない)。


⚫「キュレーション」という概念を情報全般にまで拡張してみる
「キュレーション」というのは、元の意味を考えると、とてもお手軽RTやリンク集みたいな行為が該当するとは思えない。もし、新しい言葉・概念として提唱するのなら、「専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う」ようなことを意味するのではないか。

では、専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う「キュレーション」とは何か。って聞かれたら、原発の件での専門家(not=原発の専門)の方々の情報発信がそれに近いんじゃないかなぁと、ふと思ったりした。私の勝手なイメージではあるが。


⚫「キュレーション」と「報道」「編集」の違い
などと考えてみたが、「専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う」って、そもそも「報道」や「編集」と何が違うんだ? という新たな疑問が生まれてきた。専門分野と社会の橋渡しって、まさに「報道」や「編集」がやってきたことではないか、と。

ただ、元の意味の「キュレーション」は、専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行うための展覧会を企画するにしても、「文脈(コンテキスト)」が重要なはずだから、そう考えると「報道」や「編集」とはちょい違うかな。

ジャーナリストや編集者が専門情報を翻訳すること」と、
専門家自身が専門分野と社会の橋渡しを行うこと」の違いだろうか。


⚫で、結局「キュレーション」って何?
私は、「キュレーション」とは誰でもできる行為ではないと考えている。何かの分野の専門家、つまりプロフェッショナルでなければ。元の意味での「現代美術」だけではなく、様々な分野においてその専門性を生かし、ネットの時代だからこその新たな価値の創造ができるのではないか。と期待している。

「キュレーション」は、元々現代美術などで使われている言葉で、「キュレーター」という専門性の高い職業もある。この職業は、編集者でもプロデューサーでもディレクターでもない。にも関わらず、「選別」程度の意味でバズワードとして「キュレーション」という言葉を使うのは、失礼と思わないのかだろうか。

現代美術における「キュレーション」のあり方を情報全般にまで拡張できないか、と考えている。が、私自身含め誰も詳しくないので、あまりイメージがついていない。だから、この概念を広めるのであれば、「キュレーション」に造詣の深いプロフェッショナルな方の協力を仰いだ方がいいと思う(既に手遅れな気もするが)。


「専門知識と知見により、専門分野と社会の橋渡しを行う」というのを情報全般にまで拡張するというのは、だいぶ近付いてきている気はするが、まだしっくり来ない。以前とは異なり、「専門家」(科学者や法律家など)が容易に自ら発信できるようになったからこその考え方・概念となり得るのではないか、と漠然と考えてはいるが。

というところまでで結論は出ず。