GW中に福岡に帰省して、福岡城・大濠公園を攻城したメモ。
メモと写真を撮りながら攻城して思ったけど、どうも私はお城それ自体よりも、お城を中心とした町の歴史の方に興味があるらしい。

福岡城は、江戸時代初期の1601〜1606年に黒田長政(福岡藩)が築城した城で、その時に作られた武家の町のある場所(天神・赤坂・西新)が現在の福岡の町そのものであり、古くからある商人の町である博多・呉服町と合わせて、まさに現在の福岡市の中心を形作った歴史と言える。
ちなみに、明治維新後の廃藩置県で福岡県ができた後、1890年に新市名を「福岡市」にするのか「博多市」にするのか、大論争が起きた。
博多は、元々貿易港として栄え商人の町として古代以来の古くからある地名であり、江戸時代からの新しい地名である福岡藩の名前を使うのに、博多側からの反対が非常に大きかったからである。
博多と福岡の町では、博多の方がやや人口が多かったことから議員数の差で博多市有利と思われていたが、投票当日に博多側の議員3名が欠席し同数になった後、元福岡藩士だった議長が「福岡市」に投票して、「福岡市」に決まった。
なお、市名が「福岡市」に決まった代わりに、新たに開通した鉄道の駅名は「博多駅」と決められた。
後に新幹線の駅も「博多駅」となっており、現在も福岡市内に「福岡駅」という駅名は存在しない。


12:00丁度から攻城をスタート。福岡城近くの通りから。
九段下から日本武道館(元々江戸城の一部)に入る道に似ている感じ。配置的にも構造的にも。
image


上之橋御門から福岡城内へ。福岡城という名称は、黒田長政が出身の備前国福岡(今の岡山県瀬戸内市で旧長船町)から名付けたものだが、元々の地名が(那珂郡警固村の)福崎だったというのは知らなかった。
つまり、福岡は元々の地名ではなく、江戸時代初期に他所の地名を元に名付けられた新しい名前という珍しい経緯があったりする(しかも現在の県名と市名にも使われている点で)。
image


三の丸と二の丸の間にある平和台球場跡。今は草っ原で、今後かつての迎賓館だった鴻臚館を復元予定とのこと。
平和台球場は25年前あたり? に野球観戦で一度行ったくらいと、中体連の開会式で中に入って以来かな。
image


福岡は、元々福岡城を中心として、天神・赤坂から西新までの武家の町(写真の紫色の部分)と、中洲を挟んで、商人の町(写真の橙色の部分)である博多・呉服町の双子都市。
福岡と博多を結ぶ橋には、枡形門があり、移動を厳しく制限されたらしい。明治の福岡市誕生の際に門は取り壊され一つの町に。そして、中洲は今では九州有数の歓楽街に。
image


福岡城の構造図。城内に入る橋は3箇所のみ。私が入ってきた上之橋御門は、右上にある橋。
写真の右側(東側)は赤坂・天神で那珂川の中洲を挟んで博多・呉服町へと繋がり、左側(西側)は大濠公園。
上側(北側)はすぐに港があって、海運の町として平和な江戸時代にふさわしい都市設計と城の構想であったことが分かる。
ちなみに、福岡城の堀と大濠公園の水は、江戸時代初期に、東側の中洲のある那珂川から1.5kmほどの堀を作って引っ張ってきている。この工事には、佐賀鍋島藩の協力も得たとのこと。
image


福岡城の二の丸へと入る東御門跡。城内の広さは41平方m、城下の武家屋敷を含めると246万平方m。城下の武家屋敷は天神・赤坂・西新全部込みなので、そりゃ広い。規模的にここまで広大な城は日本でも中々ない。
ちなみに、福岡城はあの熊本城より広く、大阪以西で最大の城郭となる。
image


福岡城二の丸の場所は、今はラグビー場と野球場になっている。二の丸なので、ラグビー場と野球場の周囲は城壁がある。右手に見える櫓は、祈念櫓。
image


扇坂御門・表御門を通っての福岡城本丸跡。梅園と桜園の名所としても有名。5月頭の今は、お弁当広げるのに丁度良い季節。何人か実際にお弁当を食べている人たちがいた。
image


福岡城本丸内にある祈念櫓。東北側の鬼門を封じるための櫓とのこと。東北側が鬼門とされたのはなんでかな。福岡城には大小47の櫓があったそうだが、そのほとんどは解体・焼失している。
image


福岡城の天守台へと続く鉄御門跡。防衛しやすいよう狭く上から攻撃しやすい構造になっている。
定説では福岡城に天守閣は無いとされていたが、近年見つかった文献では、最初は天守閣を建設したが、幕府に慮って数十年で取り壊された、という説が出てきている。
image


福岡城天守台。福岡城城跡で一番高い位置にある。向こうに見えるのは、福岡城の西側に位置する大堀、即ち大濠公園。
残念ながら天守台に建物は残っていないが、福岡の町を一望できる。
image


福岡城天守台が東側(赤坂・天神方面)を眺めた風景。下に見える木は福岡城の二の丸と三の丸のあるところで、緑が見える範囲は全部福岡城内。
image


福岡城の国指定重要文化財である多聞櫓。二の丸南郭の防衛設備。二層の隅櫓と約55mの幅の平槽の構造物で、平槽の中は吹き抜けになっておらず、16の小部屋があるのが特徴。
image


福岡城内にある福岡市美術館に設置されたよく分からんオブジェ。「三日月と鐘の上を跳ぶ野うさぎ」(バリー・フラナガン 1941年作)
image


福岡城の西側、大濠公園の隣にある日本庭園。入園料240円。
そんなに広くないので、立ち止まらなければ15分で見て回れる。水のせせらぎの音が良い雰囲気。
image


福岡城の西側にある大濠公園。20年ぶりくらい。
大堀の真ん中を南北に道が繋がっている独特な形。公園の広さは40万平方mと、福岡城内の面積とほぼ同じ。池の部分だけで21万平方mと、国内の水景公園としては有数の規模を持つ。外周が約2kmと丁度良いので、福岡で最も有名なジョギングコースでもある。
他にも、周囲の沿って遊歩道や野鳥の森、児童公園、能楽堂や美術館、日本庭園などがある。
image

image


大濠公園の21万平方mの大堀のど真ん中を突っ切る道。結構広くて普通の公園くらいはある。釣りに興じる人やお弁当を食べて昼寝するカップル、父親が子どもにトランペットとサックスを教えていたり、フルートを吹くおじさんがいたりした。
image


そう言えば、福岡城の堀と大濠公園に、亀がたくさんいた。結構大きかった。
子どもが亀相手にキャッキャウフフしていた。
image




福岡城・大濠公園の攻城は、途中で休憩を挟みながらダラダラ歩いていたのだが、
福岡城だけで2時間、日本庭園と大濠公園で1時間、の計3時間の散策だった。