「デジタル教科書」話がまた一部で盛り上がっているけど、デジタルへ向かうことを否定する人はあまりいないと思うが、そもそもの目的とかメリットとかってなんだっけなー、と思いながら、つらつらとツイートしたものをまとめてみる。

デジタル教科書


デジタル教科書にサンセイのハンタイなのだ - 中村 伊知哉
"実証は必要だが、実証の成果を「待って」いたら100年たっても導入はできない。社会全般も、子どもの暮らしも、海外の教育もみなITを利用する中で、導入に反対するかたには「導入しないメリット」を実証する責任が生じていると思う"


まず「教育の情報化」において重要なことは、「デジタル教科書」というツールではなく、「目的設定」「制約条件の確認」「目標効果の決定」「現実的かつ効果的な手法の検討」あたりであって、前提部分を理解しなければ始まらないだろう。


●「教育の情報化ビジョン」の目的とは
と言う訳で、文科省の「教育の情報化ビジョン」を読むと主な目的設定は、

1.情報活用能力の育成
2.情報通信技術を効果的に活用した分かりやすい授業の実現など
3.校務の情報化による校務負担の軽減

の3つ。

「デジタル教科書」はこのうち「2」に該当し、さらに大きく「指導者用」「学習者用」がある。「1」は教科書とは別の話と言うか新しい教育項目で、「3」は業務のシステム化の話。

で、「学習者用デジタル教科書」の目的設定は、「子どもたち一人一人の学習ニーズに柔軟に対応でき、学習履歴 の把握・共有等を可能とすること」とある。
印象としては、「デジタル教科書」で「今できていないことをやろうとしていて、理想がすごく高い」ように思える。
と言うよりは、曖昧な「デジタル教科書」の理想のイメージが先行しちゃっている感じに見えるかな。


●新しい運用のシステムを導入するのに必要なこと
今できていないことをやろうとして、「デジタル教科書」という「新しい運用」を前提としたシステムを導入しようとするのは、よほど現場サイドが混乱しないような導入方法と運用方法を上手い形で計画・準備しないと、非常に難しいと思う。
理想に現場サイドの運用が付いていけないパターンはよくある話だから。
要は、問題は「導入するしない」ではなく、「どのように導入するか(どこまで導入するか)」だ。

「どのように導入するか」については、本番環境に近い状態で検証して問題点を洗い出し、「デジタル教科書」前提の教育カリキュラムを構築する必要があると考える。
つまり、「デジタル教科書」導入の課題とは、ハードでもソフトでもなく、まず「運用の構築」なのである。


その運用を踏まえた「本当に必要な実証実験」については、この記事に分かりやすく書かれている。

デジタル教科書導入に必要な実証実験 - 辻 元
“本当に必要な実証実験とは、生徒用デジタル教科書の試作品を用いた、通年の授業案を作り、同じカリキュラムを紙の教科書を用いた対照群との成績の比較をする対照実験だ”


●将来的な目的ではなく、目先の目的設定をどうするか
「子どもたち一人一人の学習ニーズに柔軟に対応でき、学習履歴 の把握・共有等を可能とすること」が将来的な目的とはいえ、一足飛びにその大きな目的を前提としての「運用の構築」は無理がある。現状では、ノウハウも技術も何もかもが無さ過ぎるからだ。

よって、段階を踏んで、将来的な目的に近付いていくことが、現実的な進め方となるだろう。
では、「教育の情報化ビジョン」にある将来的な目的ではなく、目先の目的設定をどうするか。今、詰めが甘いのは、この「目先の目的設定」にあるのではないかと思う。


●「デジタル教科書」推進で本来説得すべき相手とは誰か
「デジタル教科書」は、向き不向きな内容やメリットデメリットは、海外の事例や国内の実験である程度知見は貯まってきていると思うのだが、結局現状ではコストが掛かり過ぎることが、最大の問題なんだろう。コスト制約が大きい以上、ここで「目的設定」「目標効果」が曖昧だと、間違いなく上手くいかない。

「デジタル教科書」の推進は、導入機器とか導入手法とか以前に、「目先の目的設定」「目指すべき効果(メリット)」を明確化して、ある程度合意を得ないと話は一向に進まないんじゃないかね。
子どもの親なら誰でも分かるメリットとは何ですか?」と。
理解が必要な相手は、子どもの親なんだから。

特に、子どもの親側に負担を求めるのなら、それこそ負担するに見合うだけのデジタル教科書のメリットを子どもの親に提示し理解を得なければ、何も進められないと思う。メリットについてはなんとなーく曖昧にイメージはしていても、明確に言語化できている人はほとんどいないんじゃないかな。


●そもそも子どもの親って、「デジタル教科書」を必要としているのか
下記の韓国の事例では、「デジタル教科書」による「学力向上効果」はあまり見られない、という結果になっており、解決すべき課題も多い。
結局、「莫大なコストが掛かる」にも関わらず、子どもの親から「大してニーズはなく」、今のところ「学力向上効果もあまり見られない」のが現状だ。

韓国の情報教育の現況と課題(27〜38ページ)(PDFファイル)
→5. デジタル教科書開発とモデル学校の現況(33〜35ページ)に、実証実験の結果についての記載がある。


●私の結論
という風に、文科省の「教育の情報化ビジョン」の目的設定から、「デジタル教科書」導入での検討課題、段階的な導入の進め方、目先の目的設定、そもそも誰が必要としているのか、と遡って考えたり調べたりしてみると、現状で「デジタル教科書」を推進すべき理由が無くなってしまった。あれ?
推進するためには、○○がまず必要、という結論を出すつもりだったのだが……。長いだけで、流れが微妙な記事になってしまったではないか。


なので、結論としては、「デジタル教科書」については、現状は「推進段階」ではなく、何に使えそうかを「模索する段階」でしかない、のだと考える。

つまり、「模索するための長期的な実証実験」には賛成だが、「全面的な導入」には現状では反対。
コストが掛かり過ぎる上に、長期的な実証実験を踏まえたメリットが全く見えず、今のところ誰も必要としていない、と三拍子揃っちゃっているから。

一言で言うならば、「子どもの親なら誰でも分かる何万円も負担するだけのメリットとは何ですか?」に答えられるようになるまでは、「全面的な導入」には反対。